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神様がプロデュース【妖説・オタクの起源】

 神をも恐れぬアイドル論・オタク講を続けます。(以下敬称略)

 改めての確認ですが、今お話ししているのは、おニャン子解散当時のアイドルオタクの事ですので、誤解無きよう。
 といいつつ、多分その頃のオタク界の空気を知る人は、少ないかもしれませんね。

 さて、この関係のお話では、岡田斗司夫、中森明夫ほか専門ライター諸氏の御本を読まれた方が早いと思われます。
 ただ、岡田斗士夫がオープニングアニメを発表してSF界に名乗りを上げた、「DAICON3」なる、大阪で開催されたSF大会の会場にかく言う僕もいた訳でして、あの時代の空気を吸っては、いるのです。
 ……だから何? ってことですけどね。

 オタク論関係の本を全て読んだ訳ではないのですが、「オタク」という呼び名の起源については、諸説あるようです。
 で、僕の「同時代的実感」として、これからある仮説を述べてみようと思います。
 これは僕独自の考えですので、異論反論はありましょうが、お許し下さいね。

 まず、最初に言っておくと、「オタク」は正しくは「お宅」と書きます。
 これは何も、彼らがいつも「家の中にいるから」ではなく、「二人称代名詞」なんですね。
 君、とか、お前、のように、相手を「お宅さあ」と呼んでいたんです。
 マンガやアニメのファンたちの間で、このようなオッサン臭い呼び方が定着しているのを奇妙に思った中森氏が、彼らを「お宅族」と命名しました。

 ところで、作家の小林信彦氏が、その著書の中で、「オタク」という呼び名に言及しています。
 それによると、1950年代前半の学生運動の最中に、この二人称は現れました。
 学生用語なんですね、もともとは。
 左翼運動は独特な人間関係をつくります。その関係性を表した、近すぎず遠すぎず、対等だけど親しくなりすぎない、絶妙な距離感だ、と小林氏は感じたそうです。
 
 さて、ここからが大事なところですよ。
 日本のSF作家の第一世代は、星新一、小松左京、矢野徹、野田昌宏……少し下がって筒井康隆、眉村卓、荒巻義雄、光瀬龍……と続きます。
 それよりもう少し年下……上の作家たちに刺激されて出て来た人たちが、豊田有恒、そして平井和正です。
 そしてこの世代こそが、ちょうど先ほど言った学生運動の世代なんですね。
 その証拠に、というか、平井和正の代表作「ウルフガイシリーズ」「アダルトウルフガイシリーズ」他に、この「お宅」という呼び方が頻出しています。
 これがまた、登場人物「神明/犬神明」の格好良さにつながっていて、何ともシブかった。
 平井和正にとっては、ハードボイルドSFの主人公が使う言葉使いとして、使いやすかったのでしょう。

 さて、この平井和正の主なファンは、圧倒的に若い世代でした。
 SF自体が若い世代にばかり受けていたのですが、平井和正は、SFの枠を超えて、幅広いファン層を獲得していました。
 主に、中高生からファンレターが送られる作家だったのです。
 そのファンの中に、のちに、当時の最年少SF作家となる、「新井素子」がいました。
 新井素子は、その著作の中で、この「お宅」なる二人称代名詞を平井以上に使用しました。

 世代的な「ジャンプ」はここで起こったのではないか、というのが僕の「妖説」です。
 元々はある世代だけの使う「狭い」言葉だった「お宅」。
 それを、新井素子という、マンガ・アニメファンとも重なり合うファン層を持った作家が、世代や文化エリアを超えて、さらにこの用語を普及させていき、ますます歳の離れたファンたちが真似するようになった。……こういう成り行きが、ひとつ、あったのではないでしょうか。
 もちろん、他にも栗本薫やとりみきなど、橋渡し的な作家・漫画家はいると思いますが。

 それでは、なぜ、そんなにも浸透したんでしょうか?
 なぜなら、彼らは彼らで、他人とある程度距離を保ち、近すぎず、遠すぎず、ある意味「壁」を設けた上でしか接触出来ない、内向的な子たちだったからです。
 趣味の合うグループ間で、お互いを「お宅は……」と呼び合う事によって、お互いの領分に進入しない意志を示す、「絶妙な距離感」を得る事が出来たのですね。

 僕自身はその頃、実際に「オタク」的な人々との親交があり、その空気を肌で知っています。
 ただ、生来の好奇心と飽きっぽさで、本物のオタクにはなれないまま、中途半端に離脱してしまいましたがね。別に彼らに対して偏見は無く、むしろなれなかった自分を情けなく思う事もあります。
 そして、いわゆる「オタク文化」なるものが、この頃から今に至る大きな流れになっていった訳です。
 と同時に、当時のオタクたちの中でも優秀な人々が、今のマンガ・アニメ・小説・映画などの、クリエイターたちの中心にいるのではないかと思われます。

 とはいえ、当時を知る僕は、やはり、「オタク」とはいわゆるマニアとかファンとかそういう区分ではなく、「人間関係の距離感を計測するのが、不得手な人々」の事である、という原点を忘れる事は出来ません。
 好きなものについての話が出来るかどうか、自分にとって不快な態度をとるかどうか、常に計測し、自意識に縛られ、ぎこちなくなってしまう、内向的な人々。
 栗本薫(中島梓)が「コミュニケーション不全症候群」と名付けた、心の「鎧」。
 その傾向はもちろん僕にもあるし、それがあるからこそ趣味に没頭する心的エネルギーが生まれもします。何も否定的に捉えてはいませんよ、誤解なきよう。(こればっかりだ)

 その「基本認識」がないと、この先を語る事が出来ないので、改めて語らせて頂きました。

 もちろん、その後、時代を経て、「オタク」から「ヲタ」へと変わるにつれ、そう自称する人々の「キャラ」も変わっていくのでした。
 その話はまた、次の記事で書きたいと思います。
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